早稻田大學東洋哲學會 第二十一回大會
〈日 時〉 六月 十二日(土曜日) 午後一時より
〈會 場〉 早稻田大學文學部 三十三號館二階 第一會議室
〈プログラム〉
○研究發表(午後一時より)
一、康有爲の文明相對主義と天下主義
早稻田大學大學院博士後期課程 北澤 紘一
一、張壽王『帝王録』からみた終始五徳説の眞相
早稻田大學大學院研究生 石合 香
一、山王神蕈における神の受戒説について
早稻田大學大學院博士後期課程 平澤 卓也
一、實導仁空の淨土ヘと天台ヘ學
早稻田大學大學院博士後期課程 裄V 正志
一、密教儀禮から神道思想へ
明星大學助教授 三橋 正
○講 演(午後四時より)
一、敦煌の禪宗燈史 ―その出現の意義―
駒澤大學名譽教授 田中 良昭
○總 會(午後五時より)
○懇 親 會(午後六時より)
會 場 第一會議
〈研究發表および講演穀旨〉
【研究發表】
康有爲の文明相對主義と天下主義
北澤 紘一
本發表では、中國近代を代表する思想家・政治家である康有爲の華夷觀について考察する。春秋公羊學では、民族の相違によって中華か夷狄かを定めず、禮・コの有無を基準として相對的に華夷の立場を決定する。康有爲はこの文明相對主義を採用している。征服王朝・C朝に對する革命の氣運が盛り上がり、また帝國主義列強の進出に苛まれていたC末中國において、彼が公羊的華夷觀にどのような價値を見いだしていたのかを解明する。
張壽王『帝王録』からみた終始五コ説の眞相
石合 香
戰國末、鄒衍は五コ終始説を提唱し、『終始』・『大聖』等を著したとされている。その後、鄒衍の後學が『終始五徳コ之運』を始皇帝に奏上し砦用され、始皇帝は秦を水コ王朝と定めた。さらに前漢の武帝が五コ終始説によって漢を土コ王朝と定めたことはつとに有名である。しかし、鄒衍の徒の著作の詳細については未だ不明な點が多い。今星の發表では、張壽王によって元鳳三年(前七八)に奏上された『帝王録』(『漢書』律暦志)によって、特に始皇帝期の『終始五コ之運』の内容の檢討を試みたい。
山王神道における神の受戒説について
平澤 卓也
中國において、在地の神祇が佛ヘの體系に取り込まれていく際、人間と同じように高僧から戒を受ける事があるという指摘は、從來からなされていた。しかし、日本古代ではそうした事例はほとんど見られず、また中世になって現れてくるものの、本地垂迹思想などとの兼ね合いもあり、複雜な議論が生じている。そこで本發表では、こうした問題を考える一環として、比叡山の鎭守である山王について取り上げ、諸流派の神道説における受戒説の展開を檢討してみたい。
實導仁空の淨土ヘと天台ヘ學
裄V 正志
實導仁空は受倉末から室町初期にかけて活躍した、淨土・密ヘ・戒律に精通した學僧である。『觀經疏弘深抄』は仁空の善導『観經疏』に對する講義録である。仁空は西山派の僧侶といわれるが、天台ヘ學の學僧として著名であり、本書にも天台ヘ學に關する言及が多い。今發表では『観經疏弘深抄』を中心に、仁空が淨土ヘと天台ヘ學をどのように融合したかについて、またそれに付隨して仁空の名號觀等について考察を試みたい。
密ヘ儀禮から神道思想へ
三橋 正
『麗氣記』は中世における兩部神道の代表的な著作とされているが、その成立や詳細について解明されたとは言い難い。全十八卷の本文十四卷のうち、前半の六卷(「二所大神宮麗氣記」「神天上地下次第」「降臨次第麗氣記」「天地麗氣記」「天照皇大神宮鎭座次第」「豐受皇太神鎭座次第」)が伊勢神道の諸書の基盤の上に成立したのに對し、後半の八卷(「心柱麗氣記」「神梵語麗氣記」「萬鏡本縁神靈瑞器記」「神號麗氣記」「神形注麗氣記」「三界表麗氣記」「現圖麗氣記」「佛法 神道麗氣記」)は佛ヘ色がより強く、密ヘの儀禮やヘ義との密接な關係によって成立したと考えられる。本發表では、この後半部分を讀み解くことで、密ヘ儀禮から神道説が形成されていく過程を跡づけてみたい。
【講 演】
敦煌の禪宗燈史 ―その出現の意義―
田中 良昭
禪宗は特定の經典論書を所依とするヘ宗乃至は佛語宗に對して、「不立文字、ヘ外別傳」を特色とする佛心宗といわれ、特に「以心傳心」による正法の師資相承を重斎する。この正法を燈明に譬え、それを師から弟子へと傳授されたことを主張する文獻が、傳燈の歴史書すなわち燈史である。特に敦煌から出現した禪宗燈史は、中國禪宗史の實態解明に大きな役割を果たした。今回はその具體的内容について、概要を述べることにしたい。