早稲田大学東洋哲学会 十回記念大会のご案内

 

 

〈日 時〉 六月 七日(土曜日) 午前十時より

〈会 場〉 早稲田大学文学部 三十三号館二階 第一会議室

 

〈プログラム〉

 

○研究発表・午前の部(十時より)

 

一、了誉聖冏の神祇観 ─『鹿島問答』の本地垂迹説を基点として

早稲田大学第二文学部助手    鈴木  英之

一、『太上九真妙戒金籙度命抜罪妙経』に見える北帝神について

早稲田大学大学院博士後期課程    酒井  規史

一、郝敬の詩経観

早稲田大学第一文学部助手    西口  智也

一、朱熹の「所以然」について

早稲田大学大学院博士後期課程    宮下  和大

※昼休み(十二時〜一時十分)

 

○研究発表・午後の部(一時十分より)

 

一、ツォンカパの空思想における教相判釈理論

日本学術振興会特別研究員    野村 正次郎

一、済暹の行位論について

早稲田大学大学院博士後期課程    田戸  大智

一、『秘蔵記』と空海の教理

大正大学講師    大沢  聖

○講   演(三時より)

一、岡倉天心と道教

関西大学教授    坂出  祥伸

○講   演(四時より)

一、極楽と西方

東海大学教授    定方  

○総   会(五時より)

 

○懇 (六時より)

    第一会議室

 

 

 

〈研究発表および講演要旨〉

 

 

【研究発表】 午前の部

 

 

了 誉聖冏の神観 ─『鹿島問答』の本地垂迹説を基点として

鈴木  英之

 浄土宗第七祖・了誉聖冏は、南北朝から室町前期にかけて浄土宗の教義確立に務めた学僧である。幅広い学問を修めていたことで知られ、神道に関する書物も数多く著した。中でも『鹿島問答』(『破邪顕正義』)は、浄土教学に基づく説が展開され、聖冏の神祇観の基礎をなす。本発表では、同書に見える本地垂迹説を基点として、『麗気記拾遺鈔』などの彼の他の著作や、関連の深い神書との比較検討を行い、聖冏の神観の特殊性を明らかにしたい。

 

 

『太上九真妙戒金籙度命抜罪妙経』に見える北帝神について

酒井  規史

 唐末から宋初にかけて、北帝神を信仰し、新出の方術を用いる道士が出現した。その信仰の様子を伝える『太上元始天尊説北帝伏魔神呪妙経』(全十巻)の巻六は、元々は独立した一巻本であり、『太上九真妙戒金籙度命抜罪妙経』として流布していた。今回の発表では、唐代の作と思われる『太上九真妙戒金籙度命抜罪妙経』に、六朝時代には見られなかった特徴を持つ北帝神が登場し、唐末宋初の北帝信仰の先駆となったことを明らかにしたい。

 

 

郝敬の詩経観

西口  智也

 郝敬(一五五八〜一六三九)は、明代を代表する経学者である。その詩説は、徹底した詩序重視と強烈な朱子批判が特徴とされている。これまで発表者は、郝敬が、(一)「法戒」としての『詩経』を守るために、「淫詩」的解釈が許される詩篇本文から道義を読みとることを放棄し、詩序を本旨と考えたこと、(二)そのために詩篇本文の価値が失われてしまう危険性を、独自の賦比興論によって解決を試みたことの二点を明らかにしてきた。それに続いて本発表では、郝敬の賦比興論に見られる、「詩志」(詩序に表される詩篇の作者の心)・「詩辞」(詩篇本文)・「詩声」(詩篇を朗詠する際の音声)という三つの説を手掛かりに、彼の詩経観とその意義ついて考察したい。

 

 

朱熹の「所以然」について

宮下  和大

 朱熹(朱子)が窮理論を基礎付けた『大学』「格物致知」解釈において、理を説明する重要タームとして用いた「所以然」を取り上げる。「所以然」の理は、朱熹の理が俎上にのせられる場合必ず言及されるものであるが、「太極」「一理」等の語に置換されて説明されることが多く、朱熹が「所以然」というタームに込めた修養論上の性格が見失われてはいまいかと思う。本発表ではこの点に反省を迫り「所以然」の理の内容を解析したい。

 

 

【研究発表】 午後の部

 

 

ツォンカパの空思想における教相判釈理論

野村 正次郎

 チベット仏教最大宗派ゲルク派の開祖「ツォンカパ・ロサンタクパ(1357-1419)」は、インド仏教由来のさまざまな哲学的潮流を再構成することにより、自らの空思想を形成している。この作業において彼が常に意識したのは、過去の思想によって得られる「学説」とそれが思想として具現化されたものである「見解」とが、本質的に異なっている、ということである。本発表ではこの問題の諸相を考察することで、彼の空思想における教相判釈理論を解明したい。

 

済暹の行位論について

田戸  大智

 日本密教の思想的展開を検証するうえで、先ず空海(七七四〜八三五)の思想を押さえる必要があることは言うまでもない。とはいえ、東密の教学は空海の言説を基点としつつも、後の学匠が様々な教義上の問題点を解明しつつ体系づけたものであることにも留意すべきである。

 東密の行位論は、諸決択書で整理が試みられている。しかしながら、整備された形になるまでには、やはり諸学匠による試行錯誤があったと捉えるべきであろう。その端緒として刮目に値するのが、済暹(一〇二五〜一一一五)の行位論である。

 本発表では、行位の問題を基軸に据えて済暹の説を整理するとともに、台密の解釈が済暹にどの様な影響を及ぼしているか若干の考察を試みることにしたい。

 

『秘蔵記』と空海の教理

大沢  聖寛

 『秘蔵記』は密教の事相(実践)、教相(教理)の重要な項目、問題点を百章ほど掲げ記述したもので、古来未入壇の人に輙くこれを談じてはいけないものであった。この発表では『秘蔵記』に説かれる教理と空海の説かれる教理の比較検討を行い、真言密教における『秘蔵記』の文献としての位置を確定し、あわせて、『秘蔵記』の成立問題にも関係がある台密との関係を論じたい。

 

 

【講 演】

 

岡倉天心と道教

坂出  祥伸

 「アジアは一つである」と唱えた岡倉天心は、一方で道服を着たブロンズ像のあることで知られているように道教の熱心な崇拝者であるが、彼はまた、明治三十年前後にしてすでに深く豊かな道教知識をもっていた。この点について、「(第二回)支那旅行記」(明治三九年)、自筆原稿「老子の時代」(明治三二年)、メモ「道教ノート」(明治三一年以前)などを紹介して、彼がどこから道教的知識を得たのか、識者の示教を仰ぎたい。

 

 

【講 演】

 

極楽と西方

定方   晟

 極楽浄土はなぜ西にあるとされるか。太陽が一日を終えて地平線に没する現象と人間が一生を終えて消滅する現象が似ており、太陽が没するのが西だからという説、極楽の観念はユダヤ・キリスト教の「東の方エデンにある園」の観念に由来し、エデンはバビロニア辺にあるとされ、それはインドから見れば西であるからという説、西に特別な意味はない、浄土は各方面にあり、たまたま西のそれが極楽であっただけという説、等がある。私はエジプトのアメンテやギリシアのエーリュシオンの観念に関係づけたことがあるが、あまり反響がないので、改めてこれを論じたい。