東洋哲学研究室 教員紹介

師 茂樹

専門分野

日本を中心とした東アジア仏教、デジタル・ヒューマニティーズ

自己紹介

 

奈良時代から鎌倉時代にかけて列島で展開した仏教思想を、東アジア仏教という広い文脈のなかで解明する研究しています。これまで、最澄・徳一論争をはじめとする東アジアで展開した仏性論争(一切衆生に仏性=仏になる可能性はあるのか、一部の人に限られるのか、という論争)・三一権実論争(三乗思想と一乗思想の論争)、三論宗と法相宗の所謂「空有の論争」、因明学(東アジアの仏教論理学)、奈良時代と平安時代の唐決(日本仏教から中国仏教へ宛てた教理に関する質問状)、鎌倉時代初期に活動し曹洞宗の成立にもかかわる達磨宗の文献などを研究してきました。近年は、南都六宗の一つであるにもかかわらず、存在感に乏しく研究がほとんどない成実宗について研究を進めています。
こういった文献学・思想史研究に加え、仏教学でのコンピュータ利用方法(データベース構築、自然言語処理など)や、AI開発や再生医療などの倫理的課題について仏教哲学・仏教倫理によって検討する研究なども行っています。
これまでの研究をふりかえってみると、「多様性のなかでいかに普遍性を見出すか」というテーマを、いろいろな研究対象を通じて考えてきたように思います。たとえば論争というのは、異なる信念や思想を持った者どうしが(しばしば失敗しますが)共通の理解を得ようという営みです。論争の場で用いられた因明は、異なった信念が併存するような状況を想定して考案されたと考えられていますが、まさに多様性の中に普遍性を見出そうとする技術だと言えます。東アジア仏教で発達した教相判釈なども、複数の思想を体系化、序列化しようという試みですので、関連する試みの一つだと言えるでしょう。
この「多様性のなかでいかに普遍性を見出すか」というテーマは、多様性が重んじられる現代社会において、いかに相対主義に陥らずに対話を行い、いかに社会で共有できる倫理を確立するか、といった課題につながると思っています。少なくとも私の頭の中では、AI倫理などの現代的課題についての研究は、古代の仏教思想についての研究と連続しています。
私の仏教研究は平安期を中心にしていますが、それは直接に唐代との関わりを有しますし、また、唐代以前と平安以後が、 それぞれ基盤及び展開として研究対象となるため、広い視野から平安仏教の教学を捉えなければならないと思っています。
特に、天台教学と密教を二つの大きな柱として考究しています。天台教学については拙著『天台教学と本覚思想』で幾つかの問題を論じ、天台密教(台密)を中心とした密教の教学については、拙著『台密教学の研究』で若干の解明を試みました。

主要著作・論文

 
題名 収録刊行物出版者 出版年 備考
比較思想としての天長六本宗書: 空海『秘密曼荼羅十住心論』を中心に中島隆博編『比較思想と世界哲学』 東京大学出版会 2025年
最澄と徳一: 仏教史上最大の対決 岩波書店 2021年
원효『중변분별론소』의 사상사적 위상과 그 의의 [元暁『中辺分別論疏』の思想史的位相とその意義]) 원효元曉, 문헌과 사상의 신지평 [元暁、文献と思想の新地平] 동국대학교출판부 [東国大学校出版部] 2020年
Was there a dispute between Dharmapāla and Bhāviveka?: East Asian discussion on the historicity of the proof of śūnyatā. 護山真也編 Transmission and Transformation of Buddhist Logic and Epistemology in East Asia. Arbeitskreis für Tibetische und Buddhistische Studien, Universität Wien 2020年
論理と歴史: 東アジア仏教論理学の形成と展開 ナカニシヤ出版 2015年
ほか多数。

東哲進学希望者へ

私が考える東洋哲学コースの魅力は――文学部の新任教員紹介ページにも書きましたが――「幅の広さ」です。仏教・儒教・道教・神道といった研究対象の幅広さもありますが、それに加えて研究対象にアプローチする方法が幅広いということもあります。漢文やサンスクリット語をしっかり学んで、歴史的なコンテクストを踏まえながら、哲学的、宗教的な文献を緻密に読解していく研究方法(文献学、思想史)が中心となります。加えて、寺院や博物館で何百年も前の写本や刊本を調査したり、宗教の現場でフィールドワークをしたり、コンピュータを使って分析したりと、様々な研究方法を使って哲学や宗教にアプローチすることもできます。 また、一つの宗教文献を、哲学の文献として読んだり、歴史書として読んだり、文学作品として読んだり……といった多様性もあります。皆さんの問題意識や関心に重なるような研究対象や研究方法を探してみてください。 現在「世界哲学」という言葉が注目を集めています。これまで「哲学」といえばヨーロッパの哲学(西洋哲学)を指すことがほとんどでしたが、世界哲学は、それ以外の伝統を「哲学」から排除せず、多様な伝統(思想史、哲学史)との対話を通じて、協働で思考し、議論をすることを目指すものです。仏教や中国哲学などを含めたアジア(東洋)の諸伝統は、先人の研究の蓄積もあり、世界哲学のなかで大きな存在感を示しています。こうしたアクチュアリティを感じながら、みなさんとともに東洋哲学を学ぶことができればと思います。

東哲大学院希望者へ

修士論文は、その後の研究の重要な土台となります。土台をしっかり作ることの重要性を認識していただければと思います。また、日本仏教研究、東アジア仏教研究は、近年、ますます国際化が進んでおり、重要な研究が日本語以外で発表されています。漢文などの古典語の勉強はもちろん大切ですが、英語、現代中国語などの語学も重要です。国際学会での発表や留学なども視野に入れていただければと思います。